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広島高等裁判所岡山支部 昭和30年(う)93号 判決

主文

原判決中有罪の部分を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松岡一章名義の控訴趣意書に記載の通りであり、之に対する答弁は検事志熊三郎名義の答弁書に記載の通りであるから、いずれも茲に引用する。

所論の要旨は、原判決は被告人が呉特別調達庁から払下を受けた電気冷蔵器B級十七台、C級十一台が何れも修理加工をしなければ、その侭では使用出来ないものであつたとの事実、並に、これ等電気冷蔵器の内部諸機械に修理等をして、著しく其の商品価値を増大し、同種物品の新品と同程度に取引されるものに改造し、以て物品税法に所謂第一種物品の製造をなしたものと認定しているが、この認定は事実を誤認したか乃至は法令の解釈適用を誤つたものであつて、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであると謂うにある。そこで先ず原判示のように、消耗部分の補充取替、外面塗装、内部諸機械の修理等によつて著しくその商品価値を増大し、同種物品の新品と同程度に取引されるものとなつた場合、これを目して果して製造ということが出来るであろうか。

物品税法は物品税を課すべき物品の製造に関し、特にその意義を明らかにするところはないが、然しその第六条に於て一般の観念上到底製造とは考えられない行為を特に製造と看做すと規定しておる点から考えると、物品税法上の製造なる観念は一般的に理解されている製造なる観念と異なるものとは解されない。すると製造とは一般的に云えば、全く新な材料を用いて新な課税物品を造り出す場合であるが、然し新材料と古材料とを取り交ぜて用い、又は全く古材料のみを用いて新な課税物品を造り出すことも、或は又全く機能を失いその物としては全く取引価値のなくなつた数個の同種物品を解体し、その部分品のうち使用に堪える部分のみを寄せ集め、これ等を材料として、同種の別な課税物品を造り出す場合もともに製造ということが出来るであろう。然し如何なる場合にも製造ということと、修理、加工乃至改造ということは事実上に於ても諸種の法律上の効果の上に於ても自ら異なるものがあることはいう迄もない。

そして、如何なる物品と雖も長期に亘る使用の結果は消耗品が失われたり、部分品が磨滅したりすることは数の免れないところであるから、消耗品を補給したり、磨滅したり、破損したりした部分を改良された部分品と取替えたり、不完全な箇所を改良し又は改造したりして、その機能の増進を図つたりすることは日常一般に行われるところである。このようなことは物を使用する限りに於て必然的なことであり、社会生活の向上発展を図る上に於て欠くことの出来ないことでもある。

そして此の結果その物品の機能や価値が高まり、新品と同程度に取引されるようになつたとしてもその故にこのような行為を製造と云うことが出来ないことは社会常識に照して明らかであろう。

此の点に関し、国税庁の通達(昭和二十七年十一月二十五日国税庁長官通達間消二―一七〇第三章一七)に

第一種の物品(書画および骨とうを除く。以下同じ)の古物に次のいずれかに該当する加工または改造を施した場合は物品の製造として取扱うこと。

1、大部分新材料を補充した加工または改造した場合。

2、古物を解体し、取捨した部分品を材料として改造した場合。

3、1および2に該当しない加工または改造を施した後の物品が古物に対して著しく商品価値を増大し、かつ同種物品の新品と同程度のものとして取引される場合。

というのがあるが、既に説示したように加工、改造及び製造は事実上に於ても諸種の法律上の効果に於ても異なるものがあるのに拘らず、右の通達の結果は(但し2は除く)加工、改造が如何なる程度に達したとき製造と看做すというのであるか、その標準が瞹眛であつて、一般国民はその間に截然たる限界を劃し難く、かくては収税官吏の一方的の裁量に依存する外なき状態となり、遂には罪刑法定主義を危殆ならしめる。

又若し右通達の「製造として取扱う」との記載を本来は製造ではないものを製造として取扱うとの趣旨であると解するならば、これまた既に説示した物品税法第六条に定める所謂看做す製造に該る場合を不当に拡張解釈するものであるから許されない筈である。

以上いずれの点から見ても、右通達は物品税法の規定に基かない国税庁独自の見解に基くものであつて、何等の拘束力もないものといわなければならない。(但し前記2の場合には製造に該る場合のあり得ることは、その前段の説示によつて明らかであろう)

これを本件冷蔵器について見ると、被告人が之等を呉特別調達庁から払下を受けるに当つては、もとより修理加工しなければその侭では直ちに使用できないものであつたとしても、いずれもいまだ冷蔵器としての使用価値乃至取引価値を温存するものとして払下を受けたものであつて、冷蔵器としての使用価値乃至取引価値を全く失つた廃品として、いいかえれば純然たる古材料として払下げを受けたものでないことは諸般の証拠に照して明らかである。(特に当審証人鈴木新太郎の供述参照)そして、それ等冷蔵器について、それぞれ消耗部分の補充、取替、内部諸機械の部分的な修理や外面塗装などを施して販売したというのである。被告人が右各冷蔵器に施した個々の修理箇所は別表に記載している通りであるが、このうち外面塗装を除く其の他の修理は冷蔵器を長期に亘つて使用している限り必然的に補充したり、修理したりせねばならぬ箇所であつたことも原審及び当審に於て取調べた結果に徴して明らかに認め得るところである。

このように使用価値乃至取引価値をいまだ失つていない冷蔵器に消耗品を補充したり、修理を加えたりすることを如何に重複して行つたとしても、新に冷蔵器を造り出したことにはならないから、冷蔵器を製造したものとは云い得ないことは既に説示したところによつて明らかである。又外面塗装は塗装技術の発達した今日に於ては一種の修理行為の範疇に加うべき事柄であつて、これを以て物品を製造したとなすのは著しく社会常識に反する。更に又外面塗装と他の修理とを併せて行つたとしても冷蔵器の製造とはならないことについても多言を俟たない。これを要するに被告人が本件各電気冷蔵器に施した工作は修理の範囲を出でないものであつて、物品税法に所謂製造には該らないものと解する。

然るにこれを物品税法に所謂製造に該ると解し、物品税法第十八条第一項第一号(昭和二十五年十二月二十日法律第二百八十六号による改正前)に問擬して有罪の言渡をした原判決は所論のように事実の誤認乃至は法令の解釈適用を誤つたものであつて、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は理由があり、原判決はこの点に於て破棄を免れない。

そこで刑事訴訟法三百九十七条第三百八十二条に則つて原判決中有罪の部分を破棄し、同法第四百条但書に従つて本件について更に判決する。

本件公訴事実は被告人は呉特別調達庁より昭和二十五年三月頃電気冷蔵器中古品B級十七台、及び同年四月頃電気冷蔵器C級十一台(以上いずれも修理加工しなければその侭では使用できないもの)を譲受け、これを其の頃B級品については岡山市東古松百三十三番地に於て、及びC級品については岡山市内田本町高木章方に於て、それぞれ消耗部品の補充取替、外面塗装、内部諸機械の修理等により著しく、その商品価値を増大し、同種物品の新品と同程度に取引されるものに改造し以て製造を遂げ、其の頃岡山県衛生部邑久光明園等に対し代金合計百九十七万五千円で販売したに拘らず、政府に申告せずして、物品税課税物件である冷蔵器合計二十八台(昭和二十五年十二月二十日法律第二百八十六号による改正前の物品税法第一条の課税物件第一種丙類二十四該当品)を製造したものである。というのであつて、被告人が右のように冷蔵器の払下を受けそれぞれ消耗部品の補充、取替、外面塗装、内部諸機械の修理等をして右のように販売したに拘らず政府に申告しなかつた事実は原審並に当審に於て取調べた証拠によつて之を認めることは出来る。

然しながら既に前段に於て説示したように右は冷蔵器を製造した場合に該らないから、之について被告人がたとえ物品税法所定の申告をしなかつたとしても物品税法違反の罪を構成しない。

よつて刑事訴訟法第三百三十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 宮本誉志男 判事 浅野猛人 菅納新太郎)

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